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東京地方裁判所 昭和37年(ワ)10477号 判決 1963年10月12日

判   決

東京都台東区西黒門町十九番地

原告

平塚清一

右訴訟代理人弁護士

旦良弘

栃木県足利市県町千三百八十六番地

被告

木村順一

右当事者間の昭和三七年(ワ)第一〇、四七七号意匠権侵害排除並びに損害賠償請求事件について、当裁判所は、次のとおり判決する。

主文

一  被告は、別紙(一)及び(二)二記載の水筒を製造、販売してはならない。

二  被告は、別紙(三)記載の水筒の製品及び半製品を廃棄し、同記載の製造型器を除却せよ。

三  被告は、原告に対し、金二万二千五十円及びこれに対する昭和三十五年四月一日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告のその余の請求は、棄却する。

五  訴訟費用は、これを二分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

六  この判決は、主文第一項から第三項までに限り、仮に執行することができる。

事実

(当事者の求めた裁判)

原告訴訟代理人は、「一 被告は、別紙(一)及び(二)記載の水筒を製造、販売してはならない。二 被告は、別紙(三)記載の水筒の製品及び半製品を廃棄し、同記載の製造型器を除却せよ。三 被告は、原告に対し、金二百七万千九百十円及び内金四十八万八千四百三十円については昭和三十五年四月一日から、内金四十二万円については昭和三十五年十二月一日から、内金百十六万三千四百八十円については昭和三十七年十二月一日から、それぞれ支払いずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。四 訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決、及び第一項から第三項について仮執行の宣言を求めた。

被告は、「原告の請求は、棄却する。」との判決を求めた。

(請求の原因)

原告訴訟代理人は、請求の原因として、次のとおり述べた。

一  原告の意匠権

原告は、次の意匠権をを有している。

(一)  登録番号 第一四八、六二三号意匠に係る物品 水筒

出願 昭和三十三年十一月十三日

登録 昭和三十四年三月二十四日

(二)  登録番号 第一五〇、〇八九号意匠に係る物品 水筒

出願 昭和三十三年十一月二十一日

登録 昭和三十四年五月二十一日

二  被告の意匠権侵害

被告は、昭和三十五年一月から登録第一四八、六二三号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠を有する別紙(一)記載の水筒(商品名ホーコートキヤンテイン)、及び、登録第一五〇、〇八九号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠を有する別紙(二)記載の水筒(商品名ツーコートキヤンテイン)を製造、販売し、これにより、原告の有する本件各意匠権を侵害している。

よつて、原告は、被告に対し、請求の趣旨第一項記載のとおり、その製造、販売の差止を求める。なお、原告の被告に対する宇都宮地方裁判所足利支部昭和三五年(ヨ)第一四号仮処分申請事件の仮処分決定の執行により、宇都宮地方裁判所執行吏の保管する別紙(三)の(い)い記載の物件、及び、被告の保管する別紙(三)の(ろ)記載の物件は、本件侵害行為を組成した水筒の製品及び半製品(機械工程完了のものをいう。)又は侵害の行為に供した製造型器であり、いずれも被告の所有に属するものであるから、水筒の製品及び半製品については廃棄を、製造型器については、除却を求める。

三  被告の不法行為による原告の損害

(一)  被告の不法行為

原告は、昭和三十四年から本件各登録意匠について、原告が代表取締役である東洋産業株式会社に実施を許諾し、同会社において本件各登録意匠にかかる水筒を製造、販売及び輸出していた。しかして、被告は、東洋産業株式会社の下請業者であり、かつ、同会社の従業員であつた小川某を使用していた関係もあり、原告が本件各意匠権を有していること、したがつて、本件各登録意匠の範囲に属する意匠を有する別紙(一)及び(二)記載の水筒を製造、販売することが、原告の各意匠権を侵害するものであることを知つていたか、仮に知らなかつたとしても、これを知らないことに過失があつたものである。

(二)  原告の損害

(1) 得べかりし利益を失つたことによる損害

(い) 原告は、被告の前記不法行為により、昭和三十五年一月一日から同年三月三日までの間に合計金四十八万八千四百三十円の損害をこうむつた。すなわち意匠法第三十九条第一項の規定によれば、本件各意匠権の侵害により被告が得た利益の額は、これにより原告が受けた損害の額と推定されるところ、被告は、昭和三十五年一月一日から同年三月三日までの間に、宝商株式会社に対し、別紙(一)記載の水筒を一個金三百十円の割合で三千百九十個を金九十八万八千九百円で、別紙(二)記載の水筒を一個金二百三十五円の割合で、四千八十個を金九十五万八千八百円で、それぞれ販売したが、これにより、被告は別紙(一)記載の水筒については、右販売価額の三割である金二十九万六千六百七十円の利益、別紙(二)記載の水筒については、右販売価額の二割である金十九万千七百六十円の利益、合計金四十八万八千四百三十円の利益を得たので、この利益の額は、原告の受けた損害の額に外ならない。よつて、原告は、被告に対し、金四十八万八千四百三十円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十五年四月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(ろ) 仮に、前項の主張が理由がないとしても、原告は、前項の期間において金二十四万四千二百十五円の損害をこうむつた。すなわち、被告は、別紙(一)記載の水筒については、前記販売価額の一割五分に当る金十四万八千三百三十五円の利益、別紙(二)記載の水筒については、同じくその一割に当る金九万五千八百八十円の利益、合計金二十四万四千二百十五円の利益を得たが、被告の得た右利益の額は、原告の受告損害の額と推定されるものである。よつて、原告は、被告に対し、金二十四万四千二百十五円及びこれに対する前記昭和三十五年四月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(は) 前記(い)、(ろ)の主張がいずれも理由がないとしても、原告は、東洋産業株式会社から本件各登録意匠の実施料として、各登録意匠の実施にかかる水筒一個につき、その販売価額の五分に相当する金員の支払いを受けているが、右実施料の額は、本件各登録意匠の実施に対し通常受けるべき金銭の額として相当なものであるところ、被告が、前記のとおり、本件各登録意匠の範囲に属する意匠を有する水筒合計七千二百七十個を製造販売したため、前記東洋産業株式会社は、これと同数の水筒を販売することができなかつたが、これに伴い、原告は、右会社から、合計七千二百七十個、その販売価額合計金百九十四万七千七百円の五分に相当する金九万七千三百八十五円の実施料の支払を受けることができなくなつた。すなわち、この金額は、被告の侵害行為により原告が得べかりし利益を失つたことによる損害額に他ならない。よつて、原告は、被告に対し、金九万七千三百八十五円及びこれに対する前記昭和三十五年四月一月から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(2) 弁護士等に対する費用の支出による損害

(い) (手続費用)被告の前記意匠権侵害行為に対し、原告は宇都宮地方裁判所足利支部に対し証拠保全の申立(同庁昭和三五年(モ)第三二号事件)をし、昭和三十五年二月二十七日証拠調が行われた。さらに、原告は、同支部に対し、被告を債務者として、別紙(一)及び(二)記載の水筒の製造、販売及び輸出の差止、並びに、右水筒の完成品仕掛品及び製造型器に対する債務者(被告)の占有を解いて執行吏の保管に付する旨の仮処分申請(同庁昭和三五年(ヨ)第一四号事件)をし、その旨の決定を得て、同年三月四日その執行をした。この仮処分決定に対し、被告は、特別事情による仮処分取消の申立(宇都宮地方裁判所足利支部昭和三五年(モ)第八四号事件)をしたが、昭和三十五年十月六日、その申立を棄却する旨の判決の言渡しがあり、右判決は間もなく確定した。また、被告は、本件各意匠登録の無効審判の請求(特許庁昭和三五年審判第三〇七号及び第三〇八号)をしたが、昭和三十七年九月十三日、請求人(被告)の申立は成り立たない旨の審決があり、右審決は間もなく確定した。

しかして、原告は、これら一連の事件における手続はすべて弁護士兼弁理士旦良弘に委任したが、原告は、これらの手続のため費用等として、同人に次のとおり支払つた。

支払年月日 金額 内 容

(イ) 昭和三十五年二月二十二日 十万円 証拠保全に関する費用

(ロ) 同年三月一日 二十万円 仮処分の申立に属する手数料(報酬を含む。)

(ハ) 同年十一月二十六日 十二万円 特別事情による仮処分取消の申立に対する応訴費用及び無効審判の請求に対する費用

(ニ) 昭和三十七年十月十日 十万円 無効審判の請求に対する謝金

合 計 五十二万円

右(イ)及び(ロ)の金員は、被告の前記各意匠権侵害行為を差し止めるために要した、やむをえない費用であり、(ハ)及び(二)の金員は、被告の特別事情による仮処分取消の申立及び無効審判の請求に対処するため、原告がやむなく支出したものであるから、いずれも、被告の各意匠権侵害行為により原告がこうむつた損害である。

(ろ) (調査費用)原告は、被告の本件各意匠権侵害行為を調査するため、昭和三十四年十一月四日から昭和三十五年一月二十八日までの間に、被告の住所地である足利市に出張したが、その旅費及び雑費として合計金一万五千二百一円の支出を余儀なくされ、同額の損害をこうむつた。

(は) (弁解費用)東洋産業株式会社は、本件各登録意匠にかかる水筒を製造して、米国ニユーヨーク市のゴードマン親子会社に輸出していたところ、同会社から、被告の製造にかかる別紙(一)及び(二)記載の水筒が米国に輸出されたため、多大の迷惑をこうむつている旨の抗議を受けた。そこで、原告は、本件各意匠権者としての立場上、昭和三十四年十一月四日から昭和三十五年一月二十八日までの間に、同会社に対し、被告が原告の各意匠権を侵害して別紙(一)及び(二)記載の水筒を製造し、宝商株式会社を通じて輸出したものであること、及び、これに対し、原告のとつた処置を説明して、弁解した。そのため、原告は右期間内に、国際電話料金二万七千六百五十九円、国際電報料金一万八千二百四十円、通信及び手紙費金二千三百八十円、合計金四万八千二百七十九円の支出を余儀なくされ、同額の損害をこうむつた。

よつて、原告は、被告に対し、前掲各費用の合計金五十八万三千五百八十円、及び、うち前記(2)の(い)の(イ)から(ハ)の費用金四十二万円についてはその支払いの日ののちである昭和三十五年十二月一日から、その余の金十六万二千五百八十円については、その支払いの日ののちである昭和三十七年十二月一日から、それぞれ支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(3) 精神的苦痛による損害

原告は、被告の本件各意匠権侵害行為により、本件各登録意匠の創作に要した努力を水泡に帰せしめられ、精神的苦痛を受け、また、被告の本件侵害行為を差し止めるため、前記のとおり、証拠保全及び仮処分の申立をし、さらに、被告の無効審判の請求に対処したが、これらの裁判及び審判に費した原告の精神的努力は容易ならざるものがあり、多大の精神的苦痛を受けた。原告の受けた右精神的苦痛に対する慰藉料は金百万円が相当である。よつて、原告は、被告に対し、金百万円、及び、不法行為ののちである昭和三十七年十二月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

(答弁)

被告は、答弁として、次のとおり述べた。

一  請求原因一の事実は、認める。

二  同二の事実のうち、被告が昭和三十五年一月から第一四八、六二三号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠の別紙(一)記載の水筒(商品名、ホーコートキヤンテイン)、及び、第一五〇、〇八九号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠の別紙(二)記載の水筒(商品名、ツーコートキァンティン)を製造、販売していること、原告の被告を債務者とする宇都宮地方裁判所足利支部昭和三五年(ヨ)第一四号仮処分決定の執行により、昭和三十五年三月四日、別紙(三)の(い)記載の物件が執行吏の保管に付されたこと、並びに、別紙(三)の(ろ)記載の物件を被告が保管していることは、認めるが、その余は否認する。

三  同三について。

(一)の事実のうち、原告が昭和三十四年から本件各登録意匠について、原告が代表取締役である東洋産業株式会社に実施を許諾し、同会社において本件各登録意匠にかかる水筒を製造、販売及び輸出していたことは、認めるが、その余は否認する。

(二)の事実のうち、被告が別紙(一)及び(二)記載の水筒を原告主張の単価で宝商株式会社に販売したこと、証拠保全、仮処分決定、特別事情によるその取消及び無効審判請求の各事件並びに東洋産業株式会社が本件各登録意匠にかかる水筒を製造して輸出していた事実は、認めるが、その余の事実はすべて争う。

(証拠関係)≪省略≫

理由

第一  差止請求について

一、原告が登録第一四八、六二三号及び登録第一五〇、〇八九号にかかる各意匠権を有すること、並びに、被告が登録第一四八、六二三号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠の別紙(一)記載の水筒(商品名ホーコートーキヤンテイン)、及び、登録第一五〇、〇八九号意匠権の登録意匠の範囲に属する意匠の別紙(二)記載の水筒(商品名ツーコートキヤンテイン)を製造、販売していることは、当事者間に争いがない。

しかして、この事実によれば、被告は、原告の各意匠権を侵害するものというべきであるから、被告に対し、別紙(一)及び(二)記載の水筒の製造、販売の差止を求める原告の請求は、理由があるものということができる。

二、原告を債権者、被告を債務者とする宇都宮地方裁判所足利支部昭和三五年(ヨ)第一四号仮処分申請事件の仮処分決定の執行により、宇都宮地方裁判所執行吏が別紙(三)の(い)記載の物件を保管していること、及び、被告が別紙(三)の(ろ)記載の物件を保管していることは、当事者間に争いがなく、右各物件が被告の所有であることは、(証拠―省略)及び本件口頭弁論の全趣旨により、これを認めることができる。したがつて、別紙(三)記載の物件中、水筒の製品及び半製品(機械工程完了のものをいう。)は、本件侵害の行為を組成した物であり、製造型器は侵害の行為に供した設備というべきであるから、被告に対し、右水筒の製品及び半製品の廃棄並びに製造型器の除却を求める原告の請求は、理由があるものということができる。

第二  損害賠償請求について。

一、被告の過失

前記のとおり、原告が、その主張する各意匠権を有すること、及び、原告が昭和三十四年から本件各登録意匠について、原告が代表取締役である東洋産業株式会社に実施を許諾し、同会社において本件各登録意匠にかかる水筒を製造、販売及び輸出していたことは当事者間に争いがない。(証拠―省略)によれば、登録第一四八、六二三号意匠権の設定は、昭和三十四年十月十六日発行の意匠公報に、登録第一五〇、〇八九号意匠権の設定は、同年十二月十五日発行の意匠公報に、それぞれ掲載されたこと、被告は東洋産業株式会社から材料の支給を受けて飯盒を製造していたことがあつたこと、及び被告は元東洋産業株式会社に勤めていた小川庄司を雇用して、昭和三十四年十一月から別紙(一)及び(二)記載の水筒の製造、販売の準備に着手し、昭和三十五年一、二月ごろから、これが製造、販売を開始したことを、それぞれ認めることができる。

これらの事実を総合すると、被告が別紙(一)及び(二)記載の水筒を製造、販売することが、原告の各意匠権を侵害するものであることを知らなかつたとしても、これを知らないことに過失があつたものというべきであるから、被告は、本件各意匠権侵害行為により、原告に生じた損害を賠償すべき義務があるものといわなければならない。

二、得べかりし利益を失つたことによる損害の賠償について。

(一)  被告の水筒の販売数量について。

被告は、宝商株式会社に対し、別紙(一)記載の水筒を一個について金三百十円の割合で、別紙(二)記載の水筒を一個について金二百三十五円の割合で、それぞれ販売したことは、当事者間に争いがない。

右事実に、前掲(証拠―省略)を総合すると、被告は、昭和三十五年二月十九日、宝商株式会社に対し、別紙(一)記載の水筒八百四個の一個について金三百十円、合計金二十四万九千二百四十円で、別紙(二)記載の水筒八百十六個を一個について金二百三十五円、合計金十九万千七百六十円で販売し、結局、この二種の水筒を総計金四十四万千円で販売した事実を認めることができる。

原告は、被告が昭和三十五年一月一日から同年三月三日までの間に、別紙(一)記載の水筒三千百九十個を金九十八万八千九百円で、別紙(二)記載の水筒四千八十個を金九十五万八千八百円で、それぞれ販売したと主張し、証人(省略)は、宇都宮地方裁判所足利支部昭和三五年(モ)第三二号証拠保全事件の検証により判明した被告の鉄板材料、毛布、ダンボール箱等の仕入状況からみて、原告主張の数量の水筒を被告が販売しているものと想像される旨証言しているが、前掲甲第四号証(右事件の検証調書)記載の被告の材料仕入状況から被告の右販売数量が原告主張のとおりであると断定することはできないから、この証言だけで、原告の右主張事実を肯認しがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

したがつて、原告の右主張は、採用することはできない。

(二)  意匠法第三十九条第一項の適用について。

原告は、意匠法第三十九条第一項の規定により、被告が侵害の行為により得た利益の額は、原告が本件意匠の侵害により受けた損害の額と推定される旨主張する。しかしながら、右規定は意匠法の施行の日である昭和三十五年四月一日以降の行為に限り適用されるものであるから、それ以前の行為であること前記のとおりである被告の本件侵害行為について、該法条を適用すべくもないことは、多くの説明を要しないところであろう。しかも他に、原告が、被告の本件各意匠権侵害行為により金四十八万八千四百三十円または少くとも金二十四万四千二百十五円の損害を受けた事実を認めるに足りる証拠はない(仮に、被告が、本件侵害行為により、原告主張の利益を得たとしても、本件意匠権実施の事業をしているものでないことを本件口頭弁論の全趣旨に徹し明らかな原告が、同額の損害を受けたものといいえないことは、いうまでもあるまい。)。

(三)  実施料相当額の損害について。

被告が昭和三十五年二月一九日別紙(一)及び(二)記載の水筒合計千六百二十個を代金合計四十四万千円で販売したことは、前記のとおりであるから、原告の許諾を受けて本件各登録意匠の実施の事業をしていた東洋産業株式会社は、特段の反証のない本件において、これがため、同額の得べかりし、利益を失つたものということができる。しかして、証人(省略)の証言によれば、原告は、東洋産業株式会社から本件各登録意匠の実施の対価として、各登録意匠の実施にかかる水筒の販売価額の五分に相当する金員の支払いを受けていた事実を認めることができるから、原告は、右会社が、前記のとおり、金四十四万千円の販売額を得ることができなかつたことに伴い、その五分に相当する金員、すなわち、金二万二千五十円の実施料に相当する金額の得べかりし利益を失つたものというべく、原告は、不法行為者として、その賠償の義務があるものといわなければならない。

よつて、被告に対し、金二万二千五十円及びこれに対する不法行為ののちである昭和三十五年四月一日から支払いずみに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める請求は理由があるが、その余の実施料相当額の損害金の請求については、理由がないものといわざるをえない。

三、弁護士費用、調査費用及び弁解費用の支出による損害の賠償について。

原告が支出したと主張する仮処分申立事件関係の弁護士費用、調査費用および弁解費用は、その主張する各費用の性質から考えれば、いずれも、被告の本件侵害行為により生じた通常の損害というよりはむしろ、特別の事情により生じた損害とみるを相当とするところ、本件侵害行為当時、被告においてこれら特別の事情の存在することを予見したか、または少くとも予見しうべき事情にあつたことを認めるに足る証拠はなく、また、旦良弘弁護士に支払つたと主張する費用のうち前記仮処分の申請事件関係のものを除くその余の費用すなわち、証拠保全申立事件、特別事情による仮処分取消の申立事件に対する応訴及び無効審判請求事件に関する弁護士費用は、いずれも本件侵害行為とは必ずしも社会通念上相当と認むべき因果関係がある出費とはいいがたいこと、これに関する原告の主張自体に徴し明らかであるから、これらの費用の賠償を求める原告の請求は、進んで爾余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

四、精神的苦痛を受けたことによる損害

原告本人尋問の結果によれば、原告は、被告の本件各意匠権侵害行為のため不快の念を抱き、また、これに対抗するため種々の処置を講ぜざるをえなかつたことに伴い、金銭的負担のほか、ある程度の精神的負担を余儀なくされたことに推認しえないではないが、このために金銭賠償に値する程度の精神的苦痛を受けたとは認められないし、他に、原告がこのような精神的苦痛を受けたこと認めるに足りる証拠はない。

したがつて、被告に対し、慰藉料の支払いを求める原告の請求は、その他の点について判断するまでもなく、理由がないものといわざるをえない。

第三  むすび

以上説示のとおりであるから、原告の本訴各請求は、主文第一項から第三項記載の範囲内においては、正当として認容すべきであるが、その余は、理由がないものとして、棄却するほかはない。よつて、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第九十二条本文、仮執行の宣言について、同法第百九十六条を、それぞれ適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第二十九部

裁判長裁判官 三 宅 正 雄

裁判官 白 川 芳 澄

裁判官 竹 用 国 雄

別紙(一)

別紙水筒の図面中1、は円形粋、2、は縮経傾斜鈑、3、はバンド通し杆、4、は水口、5、はキヤツプである。

なお、縮経傾斜鈑2の外面にネルを貼着し、旦つバンド通杆3にバンドを取付ける。

別紙(二)

別紙水筒の図面中1、は円形粋、2、は縮経傾斜鈑、3、はバンド通し杆、4、は水口、5、はキヤツプである。

なお、円形粋1及び縮経傾斜鈑2の外面にネル貼着し、旦つバンド通し杆3バンドを取付ける。

別紙(三) (省略)

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